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『夕凪の街 桜の国』(こうの史代)

ヒロシマを舞台にした漫画です。
絵柄などによって出版当初から気になっていたのですが、ようやく読む機会を得ました。
予想していた以上の名作だと思います。

3つの連作短篇の舞台は、1955年の広島・1987年の東京・2004年の広島と東京です。
読みながら物語を再構成するという楽しみがあるので、粗筋の紹介は省きます。

『ヒロシマ・ノート』(大江健三郎)の区分に従えば、原爆の威力ではなく悲惨さを描いた作品だ、ということが重要です。
その悲惨さとは、原爆投下直後だけでなく、10年後にも、60年後にも、形を変えて何度も現れる悲惨さのことです。生き延びたはずの被爆者が10年後に原爆症を発症し、被爆者の子供への結婚差別などが60年後に新たに起こっています。
ただし、この作品は、そういう悲惨さを声高に訴えているわけではありません。
物語のチカラで、読者の心に何かを染み入らせます。

たとえば、ヒロシマの予備知識をあまり持たない人が読んだ場合を想像してみます。
ケロイドの痕や原爆症の発症については、注釈を併せて読む必要があるかもしれません。
しかし、誰もが感情移入してしまうであろう魅力的な「夕凪の街」の主人公が、悩んだり、幸せを感じたり、言葉にも絵にもならない感情を持ったりするのを見て、どうしても納得できない大変な出来事が続いているのだ、ということに気付かざるを得ないでしょう。それだけで、十分に読者の心を動かしたことになります。
また、後の世代にあたる「桜の国(1)(2)」の主人公たちが、形を変えて続いている悲惨さに出会いながらも何らかの希望を見つけて行く様子は、読者の心にも希望や決意を植え付けることでしょう。
原子爆弾のことを大きな爆弾くらいにしか理解していなかった人が自ら正しい知識を得ようとしたり、直接的な行動にはつながらなくても何かの時の判断を変化させたりする、きっかけになることでしょう。

随所で目にする書評に「語り継がれるべき名作」などと書かれているのも当然だと思います。

ところで、『ヒロシマ・ノート』や本書を読んでから、広島の平和記念館に生まれて初めて行ってきました。
熱心に展示を見ている外国人が目立ちました。
原爆の威力だけでなく、世代を越えて続く悲惨さの知識や、核兵器廃絶の倫理・原理を、持ち帰ってくれるように期待します。
ちょうど併設されていた企画展が『海外からの支援』であったことからも、海外へのメッセージや海外との協力の重要さを考える機会となりました。

夕凪の街桜の国

夕凪の街桜の国

  • 作者: こうの 史代
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2004/10
  • メディア: 単行本

2007-09-13 04:54  nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(2)  共通テーマ: [最近読んだ本]

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コメント 2

遺伝子操作だと倫理問題が大きく取り沙汰されるけれど、核問題ではどうなのでしょう?
原爆の放射線が人間だけでなく全ての生物のDNAを傷つけることなどは、原爆を肯定している国の人々は教えられているのでしょうか。

核エネルギーを扱うには、人間はまだ、技術も社会のシステムも未熟過ぎると思います。
by (2007-09-17 23:53) 

plant

カオルさん
「未熟すぎる」
正にそう思います。
by plant (2007-09-24 05:53) 

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