SSブログ

『犬婿入り』(多和田葉子)

1993年に芥川賞を受賞した「犬婿入り」と、前年に同賞候補になった「ペルソナ」。
舞台は全く違うのですが、“世間”の偏見や圧力を批判的に表現した幻想文学です。

掲載順に「ペルソナ」から。
短篇小説風の書き出しで始まります。
「セオンリョン・キムがそんなことをするはずがない、と元はみんなが口をそろえていったものだ。」
客観的証拠からも、セオンリョンが事件の犯人でないことが明らかです。
しかし、東アジア人であるセオンリョン・キムは、ドイツ人達から「異常に表情がない」と言われて疑いの目を向けられ、結局は胃を悪くして入院してしまいます。
研究のためにドイツに留学している主人公道子は、この事件に接したことをきっかけに、様々な偏見への不満に心を占められ始めます。
ドイツ人たちから東アジア人への偏見だけでなく、同居している弟和男や家庭教師先の日本人社会における偏見もあります。日本人である自分たちが東アジア人と呼ばれることを嫌い、道子と和男の関係を男性優位的な形でしか解釈できないのです。
道子は、そのような偏見に気付き、さりげなく抵抗することもできる人物なのですが、その抵抗にすら気づけない鈍感な人たちに対する不満は心の中に押しとどめるしかできず、次第に緊張が高まってきます。
ちなみに、後半になって「のだった」が異常なほどに多用されるようになるのは、神経症的な緊張の高まりを示す意識的な文体変化でしょう。(深沢七郎さんの「東北の神武たち」を思い出します。)
最後の場面が印象的です。
スペイン製の能面をかぶったままで繁華街をあてもなく歩き続けているのです。
「道子が一番日本人らしくみえたこの日に、人々は道子が日本人であることに気づかないのだった。」

「犬婿入り」の舞台は、新興住宅地と古くからの街が並んだ典型的な日本の小都市です。
39歳独身の女性である北村みつこは一人で塾を開いていますが、変な人として大人達からは敬遠される一方、子供達からは一定の支持を集めています。
確かに、一度使った鼻紙を便所で使うことを教えたり、女の子達の前で胸をはだけたり、と、奇行が目立ちます。
「ペルソナ」の道子は、世間の偏見に強い不満を持ちながらも心の中におさめて緊張を高め続けるしかなかったのですが、北村みつこからは、世間を笑い飛ばしているような強さが感じられます。
後半になって、犬のような振る舞いをする男性「太郎」が居着いてしまうあたりからは、現実なのか幻想なのかが分からない不思議な場面が続いていき、最後には主な登場人物がふっといなくなってしまいます。
全体に、性的なイメージを喚起する象徴表現が多い作品でした。

犬婿入り (講談社文庫)

犬婿入り (講談社文庫)

  • 作者: 多和田 葉子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1998/10
  • メディア: 文庫


2008-02-18 13:47  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0)  共通テーマ: [未分類]

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。